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それはまだ努力とは呼べない

25歳で大学1年生になった人の日常

学校の先生

人生でかなり大切な小学校、中学校、高校生

これが12年間あって、

誰に教わるかというのはほぼ初期条件や生まれ育った環境に依存する。

素晴らしい師と呼べる先生と出会って人生が変わるのか、よくわからないけど適当に教科書読んでるだけの名前書けば入れる大卒の人を先生と呼び崇拝するのか

これ、後から考えるとかなり怖くないですか

全然尊敬できない大人たちに12年という月日を奪われるんです

 

後者の場合に25歳で気づいた時の絶望感は半端ではなかったというのを思い出しました。

 

なぜならば、ほぼYouTubeとネットだけを頼りに勉強して、その後センター試験8割取って入学してくる学生、もしくは高専という特殊な環境で鍛え上げられた優秀な編入生が存在する大学へ入学した実体験からである。逆に言えば、YouTubeがなかったら勉強できなかったとも言えます。

さて、今まで会ってきた「先生」とはなんだったのか?

 

何が言いたいかというと、私が生まれ育った地域では、「先生」と呼べる人間は学校に存在していない可能性が高いという事実です。

先生って、なんですかね。

大学レベルになった瞬間、積分の教え方や厳密さに感動したのを忘れないので、いままでの先生って誰だったんだろうか?

それでおいて中には暴力を振るう大人にも「先生」と呼ばなければならない。

これが小笠という静岡県の村に存在する実話である。

 

これには北海道最高峰の進学校を出て大学で出会った秋保くんとも意見が合ったので、合ってると思います。

秋保くんとも語りたいですね。生きてますか?